スタッフとユーザーの声が豊富なコンテンツの鍵 ECで伝統産業を扱う「職人醤油」が目指すものとは

田中凌平

群馬県前橋市にある職人醤油のオフィス兼店舗

株式会社伝統デザイン工房が手がけるECサイト「職人醤油」は、約120種類もの醤油を扱う専門店だ。代表の高橋万太郎氏が全国各地の蔵に足を運び、取り扱う商品を定めてきた。公益社団法人 日本通信販売協会(JADMA)主催の「NextーGeneration Commerce AWARD 2023」の大賞を受賞した職人醤油のECだが、立ち上げから数年は手探り状態だったという。これまでのEC運営の方法や、高橋氏が大切にしていることなどを伺った。

「いいものなのに売れない」伝統産業を変えたかった

——職人醤油を立ち上げたきっかけを教えてください。

2006年6月に3年ほど勤めていたキーエンスを辞めて、2007年3月に会社を登記しました。会社員の頃から自分で商売をしたいと思っていたので、キーエンスを辞めてから3カ月ほど事業を探すための旅に出たんです。

伝統産業・地域産業に携わりたい気持ちもあったので、ものづくりをしていそうな街に立ち寄って現地のリアルな声を集めました。すると業種や職種を問わず、皆さん「いいものを作っている自信はあるけれど売れない」と言っていました。そこで自分にできることはないかという思いが湧き起こりました。

職人醤油ストアの「お買いもの」ページ

何を売るのかを考えた際、消費者視点に立ったときに無意識に買っているけど違いがあるもの、単価が高くないもの、賞味期限が短くないもので絞ると醤油が残ったんです。それで醤油の専門店を開こうと決めました。

——職人醤油の特徴を教えてください。

味比べができるように、商品を100mlの小瓶に統一していることです。これまで400以上の蔵を訪問してきたのですが、最初の30〜50件ほど回ったところで違いがわかったつもりになっていました。

しかし実際に醤油売り場に行くと、なかなかどれを買っていいのかわかりません。そうなると、お客様はより醤油を選ぶのが難しいだろうなと感じました。当時は一升瓶での販売が普通で、小さくでも1リットルの容量だったため「100mlなんて売れない」と言われながらも商品化しましたね。

スタッフとお客様の声が豊富なコンテンツの鍵

——EC立ち上げ当時の状況をお聞かせください。

ECは費用が手頃だったため「カラーミーショップ」を利用しました。一人で手探り状態だったので、3日間くらいパソコンとにらめっこしながらページを作ったのを覚えています。 最初はホームページの質が低かったため宣伝しても意味がないと思い、広告宣伝費をかけていませんでした。たとえ質が低くても商品数が多ければ見栄えが良くなるのではと考え、2〜3年は商品数を増やすことに特化していましたね。商品数が増えてくると少しずつ売上があがるようになり、その積み重ねで大きくなっていきました。

「お店のスタッフやお客様の声もコンテンツのアイデアになっている」と高橋氏/Photo:西田優太

多くの醤油屋を訪問しているとホームページがかっこいい醤油屋よりも、ホームページの質があまり高くない醤油屋の方がいいところだと感じるようになりました。そこでホームページを自作していそうな醤油屋に飛び込みで訪問し、ちょっと変わった蔵などを紹介してもらいましたね。今考えると、実はそれが効率的だったのかもしれません。

——今は商品数だけでなく、醤油の知識やレシピなどのコンテンツも豊富ですよね。

最初は時間があり余っていたので、醤油屋に行く以外の時間を使ってひたすら醤油の知識をサイトに載せていました。当時はSEOの知識もなかったのですが、新聞やテレビといったメディアが少しずつ醤油の特集をしたいときにサイトにたどり着いてくれるようになったんです。これは効果があると感じて、どんどんコンテンツを増やしていきました。

また、お店のスタッフやお客様の声もコンテンツのアイデアになっています。松屋銀座にお店を開いた際、100種類ほどあった商品をスタッフが覚えられないという声があがりました。マニュアルを作る時間もなかったため「全部覚えなくていいから、自分が気に入った醤油だけでも説明できるようにしよう」と伝えました。そうやってスタッフが接客で自分の好きな醤油の紹介を続けると、お客様も好みや情報を教えてくださるようになりました。スタッフとお客様の情報から需要が把握でき、それをサイトのコンテンツに反映させた結果、今の豊富さにつながっています。

業界の人ほど、その業界のことを知らないケースもある

——ECを運営するなかで、苦労したことや良かったことを教えてください。

記事を作るのも、写真を撮るのも大変です。今は複数のメンバーで分担して更新しているのですが、それでも何から手をつけたらいいのかと悩みながら進めています。更新頻度はもっと上げたいのですが、なかなかできていないですね。

大変なことが多い一方で、ECがなければ今はないと言ってもいいくらい重要な役割を果たしています。ECをきっかけに職人醤油を見つけてくださる方もいますし、醤油の違いに気付いた方がプレゼントとして利用されるケースもあります。

——数多くの醤油から好みを選ぶのは大変ですよね。

今の商品数は約120種類で、すべて店頭にも並んでいます。店頭でも違いを説明するのが難しいので、ECだとなおさらです。業界では万能な濃口醤油を推すことが多いのですが、120種類すべてが万能では意味がありません。それぞれの特徴を伝えて、選び方も含めてお客様に提示する必要があります。

しかし、特徴や選び方を学ぼうと醤油屋に聞いても、基準がないため分からないという答えが多くありました。実は業界の人ほど、自分たちの知識だけ深くなってしまい、その業界全体のことを知らないケースがあります。醤油屋でも、他の都道府県の醤油のことをまったく知らないケースがあるくらいです。

そこで苦労を重ねながら、醤油の選び方を職人醤油で作成しました。今でも改良を続けていて、醤油屋が見ても分かりやすいと言ってくれています。

究極に特化した醤油を飲食店も巻き込んで開発していきたい

——今後はどのような商品に注力していきたいですか。

万能な醤油ではなく「白身の刺身に究極に合う醤油」のような特化した商品を、いろんなメーカーや飲食店を巻き込んで開発したいです。

普段は醤油のイベントを開催することも多いのですが、その場では自分たちの醤油を紹介するのではなく、他のメーカーの醤油を紹介するとよく売れるという現象が起きています。自分たちの醤油を紹介すると押し売りのように感じられるかもしれませんが、他の醤油を紹介すると「楽しい醤油の使い方を教えてくれる人」と映って自分たちの醤油も売れていきます。

その結果、メーカー同士で情報交換するようになり、みんな盛り上がっていくんです。これはお客さんも楽しいですし、作る人たちも楽しんでいるので、全員にとっていいことだと考えています。なので、メーカーや飲食店と一緒に何かに特化した醤油を開発したいです。

福島県白河市にある根田醤油の醤油蔵

——越境ECも考えられているそうですね。

一般社団法人で組織化して海外向けのPR活動もしているので、間もなく開始できるかなという段階です。メーカーからすると海外に販売するときは一つのルートで送りたいため、木桶と100mlの商品で分けてしまうと複雑になります。そこの販売方法を調整するのが大変でした。

実は海外の人の醤油に対する見方は日本と異なります。醤油は英語で「soy sauce」と言うので、煮詰めたり混ぜたりして作るものだと考えられています。ところが職人醤油が開催している木桶のイベントを見て蔵に来ると、木の容器で数年発酵させるものだと気づくんです。

発酵から海外の人はワインやウイスキーを連想するので、日本で売られている醤油の価格の安さに驚きますね。捉え方が全く異なるので、越境ECの可能性は広がっていると感じています。

——最後にECで一番大切にしていることを教えてください。

スタッフにもいつも言っているのですが、自分の言葉で書くようにしています。最近は生成AIが増えてきているので、一般論を書いている記事は価値がなくなっていくと考えています。

「私はこれが好き」など、人の本音や感じたことをどんどん出していくことを、今後も意識していきたいですね。

100mlサイズの醤油専門店「職人醤油ストア」はこちら


記者プロフィール

田中凌平

フリーライター。東京都生まれ。ラグジュアリーブランドでの接客経験を活かし、話し手に寄り添ったインタビューが得意。上場企業の経営層から個人まで幅広く対応。ジャンルを問わずSEO記事やコラムも執筆し、取材記事を含めてこれまで300本以上の記事を執筆。

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